動画・スイレンの嘆き「長江三峡大壩」(三峡 ダム)

皆さん こんにちは。
今年に限らず 世界中は天変地異 特にお隣中国は
疫病で パニクって この梅雨の暴雨 (豪雨のことを
中国では暴雨と表現します)で パニクって・・・


私が 美麗なお花の写真を出すときは 裏がある コンテンツなんですよ~~。


撮影りりー 「睡蓮 白」






先日 ブログサークル友 の お二人から長江三峡のコメントを戴きましたので
記事にしてみたいと思います。


皆さん ご存知と思いますが
中国の2大大河は 黄河 と長江。



私のイメージとして 黄河は 暴れ狂う竜
長江は ゆったりと おおらかな河だと思っていますが・・・



オレンジの竜が黄河(源流は青海省)
青い竜が長江
(源流はチベット)






下の青い竜に長江三峡ダムが構造されました。




1993年に着工、2009年に完成しましたが、(もともとの三峡ダムの構想は 孫文
スン ウェンによるものとされています。)



1931 年 、「長江大洪水」で 死者 13 万 5 千人、家屋流失 200 万件という大天災惨事があって、中国政府は



長期に渡って ダムの構想を練っていました。



「胡錦濤元党総書記」や「李鵬元総理」の時代になって三峡プロジェクトを強力に推進する政治家が増加、中国国務院の「温家宝元総理」は三峡工程建設委員会主任を兼ねておられました。



(皆さん 現役ではないので お名前を出しましたが・・・)




当初から なぜか 問題ありのプログラムだったようで、2006年5月に行われたダムの完工式にはこのお偉方々 どなたも出席していない。この規模の国策事業の節目において最高指導部が欠席することは異例と言ってよく、その背景が注目されているというようなことを書いた新聞を読んだことがあります。




三峡ダム建造の一番の目的は、先にも書いたように 「長江の洪水の抑制」です。



また、ダムによって水位がかさ上げされるので、
大きな船が四川盆地の玄関口である重慶市中心部にまでさかのぼることが出来ます。






難所だらけの三峡の船の運航が可能になることによって、長江に面している川ぞいの都市への船での輸送可能量が増加することと、それにともない、上海からの 内外の観光客を誘致できるというメリットが沢山あります。








要するに物流が円滑になり、重慶を拠点として、中国政府の進める西部大開発の起爆剤としても期
待されることになったわけです。




まあ 良いことだらけ メリットだらけと思いますけど、当初からトラブルメーカーのダムだったようです。



しかしですね・・・



日本でもそうですが ダム構造の時は 地元住民の犠牲が伴います。
600キロにも及ぶ沿岸の住民の皆さんの数は
並みの数ではありません。



工事のときは中共政府は膨大なお金を、この地域の地方政府と関係方面に投じましたが・・・さて
その大金はいずこへ。だから 「三峡 難民」あるいは三峡 移民 といわれる膨大な数の人民の方たちが 途方に暮れてしまったわけです。

多くは充分な補償も受けられないまま貧困層へと転落してしまいました。





一挙に書けませんので 少しずつご紹介します。日本のダムは丸かったり長細かったり それでも
大きさもほどほどですが





三峡 ダム湖の長さは 約 570km
約600キロ 東京から神戸位までの 長いダム湖です。(まあ 中国は 国土がデッカイですから)






ダムは
長江中流域の 
「湖北省宜昌市三斗坪」という町から始まります。
形態は大型重力式コンクリートダム。




三峡大坝:泄洪  (放水のことです)
今年の6月に放水があったと情報を得たのですが真意のほどはわかりません。



動画の アップは6月20日
タイトルは 
「大暴雨横扫长江中下游,三峡水位超限制水位2米,大坝有危险吗?」
直訳すると:
「豪雨が長江中下流を席巻し、三峡水位が水位を2メートル超過し、ダムに危険があるのか?」


明日に続きます!(o^^o)(o^^o)(o^^o)



×

非ログインユーザーとして返信する