「内蒙古人民革命党粛清事件」中国

皆さん こんにちは。


昨日のコンテンツで 今 ウチモンゴルの父兄たちが
紛争を起こして 逮捕されていると言うことを書きました。


「事件のそもそもの発端」が あって 今日はそれを簡単に
ご紹介したいと思います。








中国の事件歴史書では、「内人党事件」と呼ばれています。


「内蒙古人民革命党粛清事件」
その内容は
1966年~1976年文化大革命の時期、モンゴル人数十万人が中国共産党によって粛清された事件。


いわば 粛清!が行われたんです。






内モンゴルを簡単に説明いたしますと
1921年にソビエトの衛星国としてモンゴル人民共和国が建国されました。



(お相撲の 白鵬、鶴竜さんたちの出身地)







1636年に満州人が建国した大清帝国は満洲、モンゴル、チベット、東トルキスタン、中国本土におよぶ大帝国であったのですが 
ロシア帝国の圧力によって 外モンゴル (上のほう)と内モンゴルが 分断されました。
最初に分断されたのは この時。






要するに 
朝鮮半島と同じで 分断されたわけです。



中華民国が 台湾に追い詰められた後


内モンゴルの指導者たちは独立を求めて
騒乱を起こすのです。





1949年中華人民共和国が建国されると同時に 大勢の漢民族が 内モンゴルへ移住を始めモンゴル人の数は減少。


1960年代 中ソ対立が深まり ソ連が 南北モンゴルの統一を口実に 介入を招くことが予想され 中共の介入は強行になりました。





そして 内モンゴルの主席を
「内外モンゴル統一を企む民族分裂主義者」
「現代の王公となって独立王国を築こうとしている」などと攻撃して
失脚させたのです。



そして
内モンゴルにおいて
「内人党分子(内モンゴル人民革命分子)と
されたモンゴル人数十万人が 弾圧 粛清されたのです。
弾圧粛清ですからねぇ。惨酷

極まりない殺戮の方法だったようです。







チベット、ウイグル このあたりは皆そうです。


大雑把に分かりやすいように 説明いたしましたけれど
過去にはこのような事情があって 昨日今日の問題ではないのです。


こういう歴史に振り回された 内モンゴルの人達は宿命と言うか
気の毒です。
民主主義といったって まだまだ 世界には民主主義でない お国は沢山あります。
一党独裁の国に 生まれた人達は 永久に改革は 望めないんだから
お金があれば 海外へ移住するしかないでしょうけど
海外へ行けばいったで 黄色人種(アジア人)は差別を受けますからねぇ・・・
日本人だって 黄色人種ですから 同じことです。


内モンゴルで
教師が 生徒に暴力





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