大熊猫野化培訓基地~2

こんにちは。


前回は 日本生まれで中国へ帰国した
パンダ 愛浜 がらみの
記事にしましたが



今日からは
テーマである 大熊猫の野化回帰について触れてみたいと思います。




2002年に世界中(日本も含め海外と中国国内)で161頭しかいなかった飼育パンダが
2020年 630頭に増えました。(幼仔44頭)
野生パンダを含めると2286頭左右。










「絶滅危惧種のジャイアントパンダを救うために50年以上かかりましたが、
尚 50年以上かけてジャイアントパンダを自然に戻すことにしました。 
これは中国のジャイアントパンダ保護者の使命です。」
成都大熊猫繁育研究基地主任张志和博士の言葉です。




パンダは国内外で人気を博し、
基地を新設し、園林を建設し、引き続き飼育して観賞することは、
一生「売れっ子で生訂を立てる」ということで、問題はありません。



しかしこれらは、明らかにジャイアントパンダ保護研究の本来の目的ではない。
と研究者は再三再四シンポジウムやセミナーで言っておられます。





まず 四川省から~。
四川省では(陕西、江西は 順次記事にします)
正式に 
野化培訓が始められたのは、2003年から。



<核桃坪野化訓練基地、天台山野化訓練基地など、野化訓練のための専門的基地が
落地されました。2008年5月 汶川大地震のあと
訓練基地は再構築されて現在に至っています>


<汶川大地震で中断と、そして、
世界初となった、初回の野生回帰パンダの悲劇、不幸な死により、研究者たちの心は大きく揺れ動き、中断を余儀なくされた時期がありました。>




パンダ 「祥祥」
2007年5月31日,国内外媒体争相报道:全球第一只进行野化培训的圈养大熊猫——“祥祥”在野外摔伤致死~~~。



2007年5月31日、国内外のメディアが急いで報道しました。
世界初の飼育下野化訓練のジャイアントパンダである「祥祥」は野で死亡、発見。



「祥祥」のことは、10年以上経った現在もなお、中国のネット上では、故事として ブロガーの皆さんがコンテンツにしています。



第一回目に放たれたパンダは苦労の末、無残にも死亡




「祥祥」は、母「龙古」父「大地」の間に、2001年8月生ま、弟弟には「福福」・四川臥竜生まれ。


余談ですが


母「龙古」は、2007年9月、「祥祥」死亡と同じ年の秋、济南动物园( 山东省济南市)で、突然死(獣舎で毒性ガスを吸ったと報道されましたが 詳しくは 分かりません)



父「大地」は昨年2020年8月死亡(28歳)




「祥祥」の幼年時代の写真
母親、弟弟「福福」と




幼年時 祥祥と弟弟 福福











母 龙古(泉泉)死亡




父 大地 死亡





「祥祥」
荒野へ 雪の中を去って行った  後ろ姿。


これをみて 中国人のブロ友たちは何度見ても 祥祥の哀れな姿に
涙します。
何故 自分が 選ばれたのか・・・(捨てられたのではなく 研究のためだと
パンダは理解出来るでしょうか)





次回は 「祥祥」故事を記事にします。












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