【コロナ禍ご褒美の 「ア・ラ・カルト」】

皆さんこんにちは。


さて、コロナ禍において各国それぞれ 
言いつけを守った国民に 素敵な お料理が用意されております。




日本は、民主主義国家なので 言いつけは強制できないので
要は協力金ですね。






さて、ここから 共産主義国家の話。
中国は、
昨年の今時分、非常にアタフタでしたから
厳戒態勢が敷かれていますから混乱のさなか
自宅で待機することが 中国国家への最高の協力であり、立派な戦士ということなのでしょう。





14億人が住む 広い国土ですが
SNSだけがつながっていて、食料品の買い占め、マスク協奏曲!








そして、私が 注目したのは
烈士(節義の堅い、名誉のために殉じる人)子弟

の中学 高校、大学入学に関して、


超特別待遇、
今回協力した医療関係者の

子供の入学試験の
結果に点数をプラス!




貢献者には上記のような恩恵が与えられます。これは 中共党民のみならず 国民全般一律。




というお触れがありました。驚きでしたよ。




このころ、大手民間メディアに対して、個人のSNS発言や 投稿の徹底管理。



風評を流布する人の逮捕拘束体制を強化。



つまりこれによって特に 医療従事職の人による発言は完全に中共政府の監視下になり 実際に 逮捕された人も出ていました。






ある民間メディアが新型コロナに関して虚偽報告をすると最悪の場合は死刑などと報じていましたけど、この民間メディアは いつの間にか消えてしまいましたね。





さて話題を湖北武漢に戻しますが
先日 ご紹介した 湖北武漢市 「黄鶴楼」再建のチーフデザイナー、向欣然(シァン シン ラン)氏が
上海で病気で亡くなりました。81歳でした。



昨日、あちらこちらのメディアのニュースで


「黄鹤楼重建工程总设计师向欣然逝世,享年81岁」と報道されています。






向欣然氏は
浙江省鎮海の出身。中国一流の登録建築家であり、黄鶴楼の再建のチーフデザイナー。清華大学を卒業。 彼はかつて中央南建築デザイン研究所の元副主任建築家であり、中国建築家協会の建築理論と創造の学術委員会のメンバーを務めていました。 





現在の黄鶴楼。何度か立て直し(再建)をされて現在の姿になっています。
江南三大名楼”の一つ

黄鹤楼始建は三国時代 黄武2年  (223年)

その後 様々な事情で 何度か 立て直しされました。デザイナー向欣然氏によって
今の姿になりました。(1981年10月~1985年6月落成。)




歴史  黄鶴楼の内部に展示してあります。
展示模型の一例をアップしますと・・・


(清代)



明代




宋代




向欣然氏は亡くなる前に「黄鶴楼の歴史」(2019年版)の編集に取り組んでいたが、これは暫定的に完成し、まもなく出版される予定です。


下書きの絵



1978年当時の
向欣然氏







微博での 私のお悔やみコメント。







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