「その4」被災パンダたちの移送

大地震時 この基地では 成年幼年パンダ含めて 63頭が生活していました。
妊娠中のメスも11頭も居ました。



63頭中 (一頭は死亡、2頭は行方不明)


そして 非常に残念なことですが 基地の従業員5人が亡くなりました。心よりお悔やみ申しあげます



「打心底里表示哀悼」 lily-sakuracat





(他にも 成都、都江堰、雅安 碧峰峡などにも
パンダ基地はありますが 卧龙熊猫基地が震源に一番近かった)


地震后10分


成年パンダを抱いて脱出する女性スタッフ






32棟のパンダ舎のうち14棟が全壊。
残り18棟も 損傷。




パンダたちは 地震当日に残った他の比較的安全な囲いに移されましたが・・・。 





そして 問題の チビ達14頭は、 当日、スタッフと一緒に研究センターから約7キロ離れた臥龍町に避難したんです。 道路寸断ですから 抱っこして歩いたんだと思われます。






あくる日 13日から、従業員は、道路を整理したり、壊れた木を掃除したり、まだ使える木片を整理したりするなど、深刻に破壊された研究センターの清掃に着手しました。






地震后 2日目 成年パンダたち




仮設小屋
雨の中で女性スタッフ






しかし、6.0級の余震と地すべり 土石流
パンダたちの 安全確保は難しく 二次災害の危険性が迫っていました。7000回に及ぶ余震が
続きました。











地震后12日目の 5月24日から 数回に分けて10ヶ月の幼稚園パンダも含め 雅安 碧峰峡基地へ移送となりました。
 
 


雅安 碧峰峡基地で 一時的な囲いを17セット建設  大急ぎで造った仮の住まいです。



卧龙熊猫基地から  碧峰峡基地まで 160キロの道のりを
寸断された道路を迂回 迂回で13時間かかったそうです。


5月24日 6頭 
6月18日 13頭
6月23日 6頭  合計25頭 



雅安碧峰峡だって地図をご覧戴くと
普通の被害では済まなかったと思えますけど。



震后4年
重建された卧龙基地に 帰ってくるのは
   18只だけ・・・



5月12日は 先日ご紹介したイギリスからの観光客の方々が
丁度その時間帯に 被災され 崩れてしまった下の階から
梯子で皆さん脱出されました。
基地のスタッフたちが手助けしています。







  碧峰峡に着いたばかりのパンダたちは、雷鳴、風の音、金属の衝突音を聞くと、すぐにパニックになって部屋に駆け込んだり、必死に手すりをつかんだりして 精神的に不安定さが増し、 碧峰峡のスタッフ達は そのケアーを毎日行ないました。







32頭のパンダ達は北京、広州、昆明、福州、上海、武漢の動物園
に移送(疎開)しました。



2008年6月25日の福州の新聞




現在は 移送もこんな汚れた不安定なケージは存在しませんが
震災時のこととて ありあわせの ケージで送られました。















しかし、思い出せば出すほど
8.0クラスの地震は その土地に壊滅的な パンチを加えるんですね。
インフラはマヒ状態になるし・・・


奇しくもこの年 


中国では 北京オリンピックが が開催
2008年に開催された第29回夏季オリンピック。



日本の今回のように猶予期間があれば
考え直すことも出来たでしょうけど
震災は5月 オリンピックは 開会式が 
2008年8月8日午後8時8分8秒
どうする事も出来ず 開催となりました。





中国国内の他の動物園移送の32頭のパンダ達のなかで 
北京動物園に移送となった子達は
オリンピックパンダと呼ばれ
2006年級(2006年生まれ)若い子たち 8頭で
元気良く北京に到着しました。




北京に到着
メディアと観光客に
歓迎されるパンダっ仔たち 8頭
(2歳弱)




明日は 大震災後の復興 や 
世界からの 支援など
書きたいと思います。