パンダ四川帰国決定”旦旦”神戸王子動物園

様々なコロナ規制が解けて行きつつあるなかで
神戸動物園 パンダ ”旦旦” の回川 (中国四川に帰る)が 
決定しましたね。





最近の 旦旦 24歳




一般的に 申して
パンダ展示は 日本に限らず 世界中の動物園では
経済効果が すこぶる大なので 出来うるものであれば
展示したいのが 山々です。




若い頃の旦旦







しかし、それには 帰属元の 中国の思惑も多々あり 
どちらのお国も簡単に実現しないのが問題でも有ります。





パンダ外交華やかなりし時代と
異なり 賃貸料も年間 二頭(ペアー)で1億以上必要。




パンダは竹が主食ですから
その調達に頭が痛い。竹なら何でもいいわけではなく 
非常に好みが煩い国宝パンダちゃんですから・・・
その調達も 費用が高額。





生き物ですから いつ何時不測の事態が訪れるか分からず 非常に神経を使って飼育
しなければなりませんし 死亡したら一頭に付き 損害賠償を 一億の半分は支払わなければ
なりません。





<「旦旦」ダンダンちゃん>


さて、神戸王子動物園のパンダ 
「旦旦」ダンダンちゃん の話題に~







彼女は1995年9月生(24歳)譜系号434(パンダの国際番号)
 先日このブログの大地震の
紹介した 四川・卧龙熊猫基地で出生
(母親 「冬冬」は四川宝興県野外で救護)




<神戸に>


2000/7月に
一代目オスの「興興」シンシンちゃん
(1996年8月生 譜系号437) 
と神戸にやってまいりました。






ところがオスと思われていた 初代「興興」が珍しい雌雄同体熊猫で 2002年 中国に返されました。




古い写真しかないのですが
初代 「興興」 (中国では幼名が 錦竹ジンジュ)
あとで
この仔の故事を書いていきます。







<2代目 オス>


そして2代目オス 「興興」として (幼名「龙龙」1995年9月生 譜系号433)が 入れ替わりに神戸に来ました。





2代目 「興興」オス
若い頃




2009年頃





<風雪>


 かれこれ 2010年まで 交配も 人工授精も 上手く行かず
結局 「旦旦」は産仔することなく 2代目
「興興」シンシンちゃんは 2010年9月医療事故で死亡しました。







<契約満了>


それ以来 「旦旦」は 一頭で神戸に飼育されていたわけで、途中で更新されましたが 今回 15年契約の今年7月に契約満了を迎えるため 回川と決定いたしました。
現在 コロナ騒動で飛行機の手配のメドも立っていないようです。




一頭で寂しく暮らしている 旦旦







後継のパンダを動物園さんは中国へ希望して居られるようですし 神戸市民の皆さんも希望されているようですが・・・ 何とも 分かりませんね。






<故事>
たった一年しか 日本に居なかった
初代「興興」錦竹 ジンジュ

ちゃんの 故事を これから ご紹介したいと思います。





中国に返されてから
この仔の数奇なパンダ生涯の回想です。



長くなりますので 次回に分けて ご紹介しましょう。





<四川震災時の時>
錦竹は メスとして再生し 2007年に双子を産仔
震災の前年です。


このパンダちゃん(錦竹ジンジュ
)の 子供が 先日書いた
四川汶川大地震のとき 
ミルクも何もかも 不足して おかゆを食べて 全ての子が精神が不安定になった 10ヶ月の幼稚園児中にいます。






「錦竹」の子供
長女 「錦心」 生存




次女 「錦意」
成年してから死亡





「錦竹」2014年死亡
「錦竹」の母親も死亡しています。
一族残っているのは 
震災の時生まれた「錦心」だけ。



写真は「錦竹」ジンジュ






世界で始めての雌雄同体のジャイアントパンダと言うことで 回川してから専門家の長い努力の結果、「錦竹」メスとして再生しました。

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