【華流ドラマ《如懿傳》その4 ”妃たちの住居】



華流ドラマは
清王朝を描いた物語が多いいと思われますので



捉えず
清王朝時代の ”妃”についての知識を
住居から
書いてみたいと思います。






”妃”たちが生活していたところ
清王朝の「後宮」の建物について~。




紫禁城の内部を説明する時に 詳しく書きます
今は 簡単に・・・






午門(ごもん)の北、
太和門からはじまる紫禁城の「公的」空間は


太和殿 中和殿 保和殿




乾清門(けんせいもん)から奥が皇帝と皇后・側室たちの「私的」空間(内廷)としての後宮(こうきゅう)です。



内廷は
乾清宮・交泰宮・坤寧宮




これらを中心として、
東西両側の東六宮と西六宮は、皇帝と皇后、妃嬪達の居住した場所で、「三宮六院」と俗称されています。




因みに 主役の如意(青桜)の住まい。


最初東の 「延禧宮」に 海蘭と住んでおりました。


如意(青桜)






海蘭 ハイラン役
張鈞甯 チャン・チュンニン 1982年生 ドイツミュンヘン生 40歳


第5皇子永琪の母 






永琪…乾隆帝 第五皇子役
(海蘭ハイランの息子)
屈楚萧 ティュティュ シアオさん
1994年生  四川省眉山市 28歳










主役の如意(青桜)は
「冷宮」 から出た後は 西の 
「翊坤(よくこん)宮」


「冷宮」の存在は場所も定かではありません。




(「翊坤宮」は1420年に建てられ、最初に「万安宮」と呼ばれていたのですが、1535年に「翊坤宮」という呼び名に変わりました。)






「長春宮」
皇后の  富察琅嬅(フチャロウカ)が住まっていました。


皇后役  董潔 ドン・ジェさん


董潔さん  42歳
可愛い息子さんがいますよ。
お母さんに似ているねぇ。







明の永楽18年(1420)に建てられ、明、清二代にわたって后妃がここに居住していました。
清晩期の慈禧皇太后(西太后)がかつてここに住んでいました。







禁足にあった叔母は 東 「景仁宮」にいました。(雍正帝の正妻)




「景仁宮」
は、元々「長安宮」と呼ばれ、
1420年に建てられました










 清代の妃たちの制度は、
後で詳しく~~。


皇貴妃(定員1人)
貴妃(定員2人)
妃(定員4人)
嬪(定員6人)


貴人以下は(定員なし)
常在
答応
官女子


ドラマ動画は飛び飛びで貼り付けますが
(日本語字幕・北京語字幕の時もあります)
通してご覧になりたい方は
DVDがでております。






続く~~~~


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