【ジャイアントパンダ野外回帰】No5

皆さん こんにちは。


2月2日の記事を ブログサークルの皆さんに
お届けしていないので、再度 アップします。





大熊猫野化培訓基地
<野放パンダ 祥祥 の 故事>




今日は前回 ご紹介した
野放パンダ「祥祥」(シィアン シィアン) の故事です。








2001年8月四川四川臥竜保護研究センター生れ。
2歳の時に野生化訓練パンダに決定。




訓練は2003年から~。






(初期は)
フェンスで囲まれた2万平方メートル以上の野生化場、
(次期は)
20万平方メートル以上の野生化場で3年近く生活しました。

訓練中の幼仔 「祥祥」







(訓練内容)




自分で巣を作ったり、食べ物を選んだり、地盤をマークしたり、侵入者を追放したりするなどの能力を身に着けること。






(初期訓練の時のこと・・・)


培訓基地を訪問した
パンダをこよなく愛するある人が「祥祥」に逢いたいと申し込んだところ、
野放訓練は初めての国家事業なので公開出来ないと言われ、切々懇願したところ、手続きを経て しぶしぶ公開してもらったと言う経緯があったんですよ・・








下の写真がその時撮影。竹藪に隠れている 
「祥祥」






2回目の訓練が終わった 祥祥は(計3年間訓練)
2006年4月に 四川臥竜五一棚付近で放されまし
た。









臥竜五一棚という地区は四川省国家級自然保護区の一部です。





この辺りは、野化訓練基地などとは違い
複雑な地形。
標高2300メートルから標高3500メートル。(日本の富士山より少し低いくらい)
とても 美しい国家級保護区ですが



しかし
2008年 汶川大地震で壊滅的な被害を被ったところで
勿論パンダ基地も 陸の孤島になりました。




多少は 木々も生えてきていますけれど・・・
震災から12年たちましたけど。

元の姿には返っていません。





山の溝は縦横に走っていて、 毎年早春の3月から4月にかけて、いつも単独行動をしている野生の雌、雄のジャイアントパンダたちがここに集まり谷には雄のジャイアントパンダたちの声が響いて、あちこちで、何頭かの雄が1匹の雌の取り合いになる。ジャイアントパンダの社会では、交尾は「多夫多妻制」。交尾シーズンには、1頭のオスのジャイアントパンダは複数のメスのジャイアントパンダと交尾することができ、1匹のメスのジャイアントパンダも複数のオスのジャイアントパンダと交尾することができる。








雄のジャイアントパンダの順位は完全に個体の力によって決まり 雄同士 衝突して喚き散らすので、それが原野に響く。しかし、お互いに、致命的な傷は負わせないように見えますが・・・










野生のジャイアントパンダとの戦いで敗北したパンダたちが命を落とすのは、傷が化膿したりして
二次的な感染を起こすからです。






GPSを付けた 「祥祥」






さて、GPS首輪をつけて放たれているので
追跡は可能ですが 半年後の12月、GPSで 

「祥祥」の移動に 不可解な行動が見られました。




GPSを辿って探してみると




竹林の中で摂食している「祥祥」が発見され、背中、後肢掌部など多くの箇所が深い
傷を負っていたのです。





野生のジャイアントパンダと争いをしていた際に受けた傷とみられ救護班は基地に連れ帰りました。






治療期間中、「祥祥」は飼育員にもらった おいしい竹と竹の子を食べることができ、傷はすでに8割近く回復。
この期間は 彼は最高な時期を過ごせたと思いますよ。荒野じゃあないからねぇ。










研究者達は当時ジレンマに直面していたといいます。「野放の最初のジャイアントパンダを飼育場に戻すのか、野外で使命を続けるべきか」 悩みに悩まれていたようです。










検討の末 2006年12月30日、
「祥祥」は再び 深い雪の積もる
「四川臥竜五一棚の白岩区域」
に放され、


彼は、また一人ぼっちの 荒野の生活を余儀なくされたのです。
これが 最後の後ろ姿となりました。

(この哀れな 後ろ姿が 我々人間が 胸に来る 写真です)










年が明けてすぐ
2007年1月7日午前、研究者が「祥祥」を追跡した時、無線受信信号が微弱で、「祥祥」は発見されず、最終的に無線信号が消えてしまったのです。






スタッフが 探し回った末




2月19日午後、
意外にも大雪に覆われた 轉經溝(转经沟)で
「祥祥」の死体を発見
着用していた首輪も破損していたのです。










研究者たちは
「祥祥」の死因は領土支配をめぐる他の野生のオスとの戦い、敗北、逃げる途中でパニックになり、崖から転落、
そして


深刻な怪我を負って死亡したと分析しています。








ですが 
想定内の事故だった
とはいえ 研究者初め基地のスタッフ皆さんのシヨックは計り知れないものがあり、培訓の再開に は
否定的な意見も出て、暗く重い雰囲気が漂っていたようです。男性スタッフの皆さんも号泣されていたと お聞きしました。








祥祥 野放セレモニーの日(ケージから放された
祥祥)
臥竜五一棚付近で~~。


そして~~ 結果、死亡。







最後に 「祥祥」は天国ですが 弟の「福福」は
立派な種雄で繁殖に貢献、現在も元気です。
カードは 以前 中国のサイトに祥祥故事を載せた時
私が 作ったものです。







「祥祥」と 同期には 日本白浜生まれの
 「雄浜」 がおります。
「雄浜」も子孫繁栄に頑張っています。










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